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「GIGAと Google とわたし」
シリーズvol.19 ワクワク感を待ち続けて

 2023.12.25  野中 潤

学校でのICT活用に訪れたさまざまな変化を、Google との出会いを切り口に語る本シリーズ。
今回は都留文科大学文学部国文学科の 野中 潤 教授にインタビューしました。

本職は今年で8年目となります。
情報センター長・附属図書館長、学科長などを歴任し、現在は語学教育センター長をしています。

 

Googleとわたし

 野中さんの テクノロジー との出会いは何がきっかけだったのでしょうか?

最初に赴任した学校では、1988年の段階で教員一人一台のワープロが当たり前の環境でした。
非常に恵まれた環境で、当時からテクノロジーに触れる機会が多かったように思います。

いわゆる新しいタイプ、文書作成や表計算などのオフィス系だけでない教育利活用については2011年の震災直前に総務省に勤めていた卒業生から「iPadを使いませんか」という連絡をもらったのがキッカケだったように思います。ライフログ実証実験用の端末だったのですが、非常に面白いものであることを感じ、教育での利活用について考え始めました。

その後、最初に高校3年を送り出した学年の教え子が経産省からの出向という異例の形で勤務校に赴任し、様々な新しいものを学校に持ち込んでくれました。

日本発の教育用SNSであるednityの研修会を実施したり、授業支援ソフトであるロイロノートの杉山社長から直々にプレゼンをしてもらったり、当時のICT先進校である広尾学園を視察に訪れたりすることで多くの刺激をもらいました。

「なんだかすごいことになってきたぞ」と感じているときにGEG鎌倉のお誘いをいただき、気がつくといまや伝説の「第0回ミーティング」にお誕生日席で参加していました。

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すごいスピード感でアップデートしているように思うのですが、躊躇はなかったのですか?

例えば「ボールを蹴る」ことにハマり、サッカーが好きになる子がいますが、全員が「ボールを蹴る」ことにハマるわけではなく、「ボールを投げる」ことにハマる子もいる。ピンとくるもの、ビビッとくるものには全然違いがあります。それがある意味では「個性」ということになるのだと思います。

私は「クラウド利活用」に触れた瞬間に「これはすごく面白い」とビビッときたのを覚えています。

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しかし、各所で教員研修などをさせていただき、どうやら、この「クラウド」というものに全くピンときていない先生が多いのではないかと感じるようになりました。私にはそのような「最初の躓き」がありませんでした。

同僚が京浜東北線の中でスプレッドシートを開いて研修旅行のグループ分けの作業をしているときに、何もしていないのに文字が出てくる(生徒が別の場所で入力している)場面を目撃し 「なるほど、こういうことか」 と感じました。

ただ、それを見た瞬間に分からない人も多いのだと思います。幸いなことに私はそういう瞬間で「ワクワクする」ことができたのが大きかったのではないでしょうか。

  その感性はどのように磨かれたのですか?

各学校によって授業の持ち方などは様々かと思いますが、私の場合は「学年の授業をひとりで持てた」ことが大きかったと感じています。

さらに教科書だけでなく「教材は自分でつくるもの」という文化もあり、自分で好きなように好きなことで授業が実践できた。もちろん大きな責任が伴いますが、誰かの何かの指示を待ちながら仕事をしていたら、いまのように「あれをやろう」「これもやろう」とはなっていなかったかもしれません。

また、現代文を担当していたことも関連しているかもしれません。一般的には教えるべき教材がだいたい決まっている古典とは異なり、毎年新しい教材が生まれる現代文。常に新しい教材でどんな授業をするかを考え続けていました。

そんな日々を過ごしていたことが影響しているかもしれませんね。いまは定年が近づき、蝋燭の炎が燃え尽きる直前の焦燥感もありますが、頑張っています。

生成系AIとわたし

最近は生成系AIの利活用に手応えを感じているとお聞きしました。

言語教育をしてきた私にとっては非常に大きなインパクトでした。

また、確実に社会としても潮目になるだろうと直感しています。いまこの波に乗らずに、いつ乗るのか。クラウドに触れた時に感じたワクワク、インパクトを超えるものが生成系AIにはあります。

ホワイトボードにみんなで集まって何か書いて共有するという物理的に実現可能なことをいつでも、どこでも実現可能にしたのがクラウドの凄さではありますが、生成系AIはもっと根本的な違いや変化を産むのではないかと感じています。

まさに代替、強化ではなく「変容」し「再定義」するツールであると感じています。

 どのような利活用をしてるのですか?

例えば、語学教育センター長としての仕事などでも利用しています。語学教育センターの業務は多岐にわたり、複雑な調整が必要なので、整理や分析が非常に難しいのですが、生成系AIに条件を指示することであっという間にやりたいことが実現できる。いろいろと試しながら、「劇的に自分の可能性が広がる」「盲点だったところに光があたる」と感じました。
https://note.com/nonaka_jun/n/ne7276ab6d051

これは教員としての仕事の可能性の話ですが、このツールを学生(生徒)が当たり前に使えるようになれば、教育そのものが劇的に変化する必要に迫られるし、確実に再定義されることになると感じています。

私のゼミ生には卒業論文に生成系AIをガンガン使えと言っています。章立てや執筆のプロセスなど、様々なやりとりを生成系AIとしていますね。

10名を超えるゼミ生の卒業論文はテーマも関心もバラバラで個別に面談しサポートすることは非常に大変です。自分が詳しくない分野の質問に答えたりサポートすることも非常に難しいと感じています。これを楽にするには自分の得意分野に学生を引きずり込んでいくことなのですが、それは自分の教育観とは合わない。そこで生成系AIを利活用して、個別に壁打ちすることを推奨しています。

私は学生と生成系AIとのログをもらうことで「どんな質問をしているのか」「生成系AIはどんな回答をしているのか」などを見ることができ新たな視点をもらうこともできています。

また、各講座の振り返りにも利用しています。生成系AIだと「瞬時のフィードバック」を受けることができ、さらにそこに学生が返答することで深まるものがある。

ルーブリックを絡めることもできる。教員が評価するだけではなく、学生や生徒が自分で学びを深めることができる。そんな振り返りが5分もかからず実施できてしまう。
これはもう革新的ですよ。

 新しい時代の入口が開いた感じがしますね。

確実に扉は開いていると感じますが、現実はそんなに簡単ではないとも思います。
コロナが落ち着き、毎週のように教育現場を訪れるようになったのですが、まだまだ教室には変化する余地がたくさん残されています。

生成系AIだけでなくテクノロジーを効果的に利活用することで学生(生徒)が我々の知らない世界に飛び立っていってしまう。学校や教師からは「ちょっと待って」となることが多いのですが、生徒の学びにとってはその方が良いに決まっている。

しかし、生徒が想定している学びの範囲の外に飛び出していってしまうことへの不安がある。こうした傾向が続いていますね。

例えば、合唱コンクールをみんなで一緒にするのは本当に良いことなのでしょうか。たしかに歌声を聞いて心震える瞬間があることは事実なのですが、その裏に強制的な朝や放課後の練習があったりします。
教育が抱えているジレンマは非常に多く残っているように感じています。

これからのわたし

中高教員から大学教授に。いま考えていることはなんですか?

28年間、先生として仕事をしてきましたが、キャリアの前半と今では真逆の考え方をしていました。現在はその反動で動いていることが多いようにも感じます。過去の自分への後ろめたさが原動力にもなっています。

あと数年で定年を迎えますが、いまできることを、やれることをやる。文学研究、国語教育、テクノロジー利活用など、このままやり続けることができたら幸せだと感じています。
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これから教員になる学生や、現職の先生たちにメッセージをお願いします。

先ほども少しお話ししたのですが、コロナが落ち着いたことで教員研修や出前授業、教育実習などで日本全国の学校へ行くようになりました。

GIGAスクール構想での変化は確実に起こっています。しかし、それはまだまだ「まだら模様」です。研究授業だけの利用や、ある学年だけの利用。さらには、ある先生だけの利用など。

様々な要因があるとは思いますが、基本的な情報共有ができなくて困っている人が多いのだと思います。ぜひ、意外と身近に仲間はいるので、見つけて繋がることで世界は広がると思います。
具体的な話になってしまいますが、例えば Google Meet のコンパニオンモード。知っていればプロジェクターが見づらい場所の生徒でも手元でスライドを見せることができる。そういう「細かい機能」については、普段使いしている先生でも知らなかったりします。
Google Classroom の予約投稿機能も知らない先生が意外と多い。

そのような「ちょっとした手探り」ができるかどうかは仲間がいるか、仲間を感じているかでも変わると思うのです。様々な試行錯誤ができる、試せる安心感は「ひとり」では難しいのではないでしょうか。

よく話をするのが「Jカーブ」なのですが、いまはまだパフォーマンスが上がらず苦しい時期だと思います。ただ、もう少し頑張れば間違いなく上がってくる。
そのために「仲間」をつくり、一緒にもう一踏ん張りしましょう。

執筆者紹介

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野中 潤
都留文科大学文学部国文学科教授。語学教育センター長
<プロフィール>
1962年、神奈川県茅ヶ崎市生まれ。神奈川県立湘南高校、東京学芸大学大学院修士課程修了1988年から2016年まで横浜の聖光学院中学・高等学校教諭著書に『横光利一と敗戦後文学』(2005年、笠間書院)『ICTで変える国語授業1〜3』(2019〜2022年、明治図書)など。専門は日本近代文学、国語教育学。近年は、Google for Education 認定イノベーター、GEG Fuji(Google教育者グループ富士)リーダー、LEG Tsuru(ロイロ教育者グループ都留)リーダー、Canva 認定教育アンバサダーなど、教育とテクノロジーに関わる実践的な活動を展開中。Facebookグループ「ICTで国語授業を変える教育者グループ」(2023年12月22日現在のメンバー数は1,235人)主宰。
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